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「タダでもいいから手放したい」――空き家・空き地が“負動産”になる時代

「実家を相続したものの、誰も住まない。」 「売ろうとしても買い手がつかない。」 「寄付しようにも受け取ってくれるところがない。」 「毎年、草刈りや固定資産税だけがかかる。」 こうした悩みを抱える人は、決して少なくありません。 一般的に「不動産」と聞くと、資産価値があり、いざとなれば売却できるものというイメージがあります。しかし、人口減少や地方の過疎化が進むなかで、その常識は大きく変わりつつあります。 いま日本では、「持っているだけでお金がかかる」「手放したくても手放せない」という、いわゆる『負動産(ふどうさん)』の問題が全国で広がっています。 なぜ放置されてしまうのか 空き家や空き地が放置されると、「所有者の責任感がない」と見られてしまうことがあります。しかし、実際にはそう単純な話ではありません。 例えば、古い実家を相続したものの、 不動産会社に相談しても「値段はつきません」と言われる 自治体や団体にも寄付を断られる 解体には100万円以上かかる 毎年の草刈りや固定資産税も必要になる という状況に直面することがあります。 そして最も大きいのが、「いらないから」といって簡単に所有権を放棄できないことです。 結果として、 売れない あげられない 捨てられない という、まるで身動きの取れない状態に陥ってしまうのです。 所有者自身も困り果てているケースが多く、放置は必ずしも無責任さだけで生じているわけではありません。 現実的にできることはあるのか では、このような場合に所有者は何ができるのでしょうか。 ① 空き家バンクへの登録を検討する 市場では価値がつかなくても、移住希望者やDIY愛好家、家庭菜園をしたい人などに需要がある場合があります。 実際に、「0円物件」や無償譲渡という形で引き取り手が見つかるケースもあります。 ② 隣地所有者へ相談してみる 一般市場では価値がなくても、隣人にとっては、 駐車場を広げたい 庭を拡張したい 日当たりを確保したい といった理由から、魅力的な土地になることがあります。 意外にも、最も現実的な解決策になることがあります。 ③ 引取サービスを利用する 近年では、いわゆる「負動産」を専門に引き取る事業者も増えています。 ただし、一定の費用負担が必要になるこ...
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地域の水が未来を育てる――ご当地サーモンと地方創生の可能性

はじめに:富士の麓で泳ぐ「海の王者」 日本の象徴である富士山の山麓、冷涼な地下水がコンクリートの巨大な水槽を満たす施設で、いま無数のアトランティックサーモンが力強く泳いでいる。 かつてノルウェーやチリといった、遠く離れた冷たい海から空輸されるのが当たり前だった「寿司ネタの王者」が、日本の陸上で、それもハイテク管理された環境で生産され、市場へと出荷され始めているのだ。 富士山麓のみならず、三重県津市では総事業費約700億円とも言われる世界最大級の陸上養殖プロジェクトが動き出し、四国の鉄道会社や地方の製紙会社までもが、独自のインフラや水源を武器にこの市場へ相次いで参入している。 歴史の奇跡:北欧が伝統を上書き ところで、このサーモン養殖は、かつて世界の食文化を根底から書き換えた「水産イノベーション」の歴史がある。 出発点は、1960年代から70年代にかけての北欧・ノルウェーにさかのぼる。 当時、ノルウェーは豊かな海洋資源を抱えながらも、冬の厳しさと漁業の不安定さに悩まされていた。そこで、波が穏やかで年間を通じて水温が安定しているフィヨルドの地形を活かし、網で囲った生簀(いけす)の中でサケを育てる「海面養殖」の技術開発に国を挙げて乗り出した。 しかし、技術が確立して生産量が急増すると、今度は「国内や欧州だけでは消費しきれない」という供給過剰の壁にぶつかる。そこで彼らが目をつけたのが、世界最大の魚食国家でありながら、サケを生で食べる習慣のなかった日本だった。 当時の日本において、天然のサケは「アニサキスなどの寄生虫がいるため、火を通して食べるもの」というのが絶対的な常識であり、江戸前寿司の伝統にもサケの居場所はなかった。そこにノルウェー政府が仕掛けたのが、1980年代半ばから始まった「プロジェクト・ジャパン」という執念のマーケティング戦略である。 彼らは、徹底した配合飼料の管理によって「寄生虫のリスクがゼロで、生食できる安全なサーモン」を育て上げ、日本の流通業者や寿司屋へ粘り強くアプローチを続けた。当初は「サケを生で出すなんて」と敬遠されたものの、折しも登場した「回転寿司」という新しいプラットフォームがこの流れを加速させる。 脂が乗り、口の中でとろけるサーモンは、またたく間に子どもや若者の心を掴んだ。気がつけば、日本の伝統的なすし文化の序列は塗り替えられ、いまやサーモンはマ...

偽士業に注意――その依頼、本当にその人がやっていい仕事ですか?

私事ですが2026年から起業というほどではないですがビジネスを始めてある程度周知しているためか営業的な電話やDMが届くようになりました しかし実際にやっていることはなかなかわかりにくいもの 中小企業や個人事業主を取り巻く支援サービスは年々増え、コンサルタントやアドバイザー、代行業者など、さまざまな専門家が存在し、経営者にとって心強い存在であることは間違いありません。 しかしその一方で、本来は法律で定められた資格者しか行えない業務に、無資格者が踏み込んでしまうケースも少なくありません。 依頼する側に悪意はなくても、知らないうちに違法なサービスを利用してしまう可能性があります。 そこで今回は、経営者や事業主が知っておきたい「士業の独占業務」と、よく見られる問題事例について紹介します。 士業には「独占業務」がある 弁護士、税理士、社会保険労務士、司法書士、行政書士などの士業には、法律によって認められた独占業務があります。 つまり、一定の業務については資格者以外が報酬を得て行うことができません。 もちろん、一般的な経営相談やアドバイスまで禁止されているわけではありません。しかし、実際の書類作成や代理行為、専門的な手続きになると話は別です。 問題となるのは、「コンサルティング」と「士業業務」の境界線を超えてしまうケースです。 弁護士――法律相談や交渉の代理は弁護士だけ 弁護士には法律事務を取り扱う権限があります。 例えば、 未払い代金の回収交渉 クレーム対応 示談交渉 訴訟代理 法律相談 などです。 経営コンサルタントや知人が、 「私が相手方と話をつけます」 「代わりに交渉します」 といった形で報酬を得て対応した場合、いわゆる「非弁行為」とみなされる可能性があります。 アドバイスをすることと、依頼者の代理人として交渉することは全く別の行為です。 税理士・公認会計士――税務申告は専門資格の領域 税理士には税務代理や税務書類作成の独占業務があります。 例えば、 確定申告書の作成 法人税申告書の作成 税務相談 税務代理 などです。 近年はクラウド会計ソフトの普及により、記帳代行サービスも増えています。 しかし、単なる入力作業を超えて税務判断を行ったり、申告書を作成したりすることは税理士の業務に該当する可能性があります。 なお、公認会計士は税理士登録を行うことで税理士業務を行うことが...

ふるさと納税の利用に、少し後ろめたさを感じる理由――地方創生の原点に立ち返ろう

街づくりを考える際に、地方行政の財源確保策として挙げられる「ふるさと納税」制度  2008年の制度開始以来、利用者にとってのメリットの大きさもあり、ふるさと納税は広く知られる制度となりました。 しかし、その華やかな盛り上がりの一方で、制度の歪みに対する批判も年々高まっています。 実は筆者自身も、これまで何度かふるさと納税を利用したことがあります。全国の知らなかった地域を知るきっかけになりましたし、魅力的な返礼品を選ぶ楽しさも感じていました。 しかし制度をめぐる批判や財政面の議論に触れる機会が増えるにつれ、以前のように純粋な気持ちで利用できなくなった部分もあります。 自分が得をしている一方で、住んでいる自治体の税収は減っている。地方創生に役立っている面があるとしても、本当にこの仕組みは持続可能なのだろうか。そんな小さな罪悪感や疑問を抱くようになりました。 本来掲げられていた「地方創生」という理念と、私たちが目にする「返礼品競争」の現実。この制度は街づくりに何をもたらし、今後どのように変わっていくべきなのでしょうか。 競い合う自治体と「寄付」の心 「実質2,000円で豪華な特産品が手に入る」――。 この魅力的なキャッチコピーは、皮肉にも制度本来の趣旨を大きく変質させる要因の一つとなりました。 本来、ふるさと納税は、自分が育った地域や応援したい自治体へ税制を通じて貢献するための仕組みです。しかし現実には、高級肉や海産物、さらには家電製品など、「返礼品の豪華さ」を競う過度なサービス競争へと発展しました。 こうした競争がもたらした弊害は決して小さくありません。 都市部の財源流出と行政サービスへの影響 東京23区をはじめとする大都市では、毎年多額の住民税が流出しています。本来、その地域の医療、教育、福祉、ごみ処理などに充てられるはずの財源が失われることで、結果として住民サービスに影響を及ぼす可能性が指摘されています。 ゆがむ地方経済 経済的な恩恵も地域全体に均等に行き渡っているとは限りません。 返礼品を大量供給できる一部の事業者や、寄付を仲介する民間ポータルサイトに利益が集中する一方で、自治体は事務手続きや発送業務に多くの労力とコストを費やしています。その結果、せっかく集まった寄付金の相当部分が経費として消えてしまうという課題もあります。 高所得者優遇という課題 ...

「私が死んだら、このデータはどうなる?」――デジタル遺品という現代の課題

死後、故人が遺した電子データを指す「デジタル遺品」という言葉をご存じでしょうか。 比較的新しい概念ですが、この言葉にはどこか心をざわつかせる響きがあります。 PCやスマートフォンを使う人なら誰しも、ハードディスクに保存された個人情報や私的なデータ、日記代わりに書きためた文章、さらにはSNSアカウントなどについて、「もし自分が死んだらどうなるのだろう」と考えたことがあるのではないでしょうか。 遺された家族もまた困る 実は、困るのは本人だけではありません。遺された家族にとっても、デジタル遺品は大きな問題となります。 故人がネット上でどのような活動をしていたのか、家族が把握しているケースは決して多くありません。どのサービスに登録していたのか、どの端末に何が保存されているのかもわからないことが少なくないのです。 放置しても問題のないものであればよいのですが、本人や家族の名誉に関わる情報がネット上に残り続け、削除することができなくなる可能性もあります。 デジタル資産は「遺産」でもある さらに見落とせないのが、金銭的価値を持つデジタル資産です。 近年は紙の通帳を発行しないネット銀行も増えています。ネット証券やFX口座に保有する資産、さらにはビットコインをはじめとする暗号資産(仮想通貨)もあります。 これらは法的には当然、相続の対象となります。しかし、制度面・技術面の両方において、デジタル資産をどのように発見し、どのように遺族へ引き継ぐのかについては、まだ十分に整備されているとはいえません。 「探しかた」「しまいかた」「残し方」を考える まず考えるべきなのは、対象ごとに「探しかた」「残し方」「引き継ぎ方」「隠し方」を整理することです。 デバイス内に保存されたデータ、クラウド上のデータ、そして故人が登録していた各種Webサービスのアカウントなど、デジタル遺品となりうるものをできる限り洗い出し、それぞれについて相続対策を考えていく必要があります。 SNSについても、フェイスブックの「追悼アカウント」をはじめ、X(旧Twitter)やインスタグラムなど、死後のアカウントに対する各社の対応はさまざまです。 また、クラウドソーシングやアフィリエイトサイトの報酬、ポイントサービス、サブスクリプション契約なども含めると、考慮すべき対象は実に数多くあります。 最も...

ブックレビュー 戸籍の意義を浮き彫りにする「戸籍と無戸籍――「日本人」の輪郭」を読む

 『戸籍と無戸籍――「日本人」の輪郭』(人文書院)は、現代ではほぼ日本独自の国民台帳制度である「戸籍」の歴史を、律令時代から現代までひも解く本である。 そして日本人でありながら戸籍のない人、無戸籍に生きる人の姿に焦点を当て、必要性が自明とは言えない戸籍の存在を浮き彫りにする 読みどころ1 そもそも戸籍って? まず「戸籍」って、何のためにあるのだろうか。 様々な手続きに用いられる住民票とは異なり、戸籍謄抄本を提出する機会はほとんどない。 あったとしても、ほかの書面で代替することは理論上可能だ。国籍の確定、出生や結婚や転居などイベントごとの個人の記録があれば事足りる。 戸籍は、氏を同じくする家族を単位に、国民を登録するものである。しかし戦前に権利主体であった「家」はいまはない。戸は何らの権利の主体ではない。しかし形式上、必ず所属する形になっている。 新たな戸籍が編成されるのは、主に結婚したときだ。法律婚をしたことのないものは、中高年の世帯主でも、親の戸籍に入ったままであることが多い(もちろん自分の意思で戸籍をつくることもできる)。 一度結婚すれば離婚しても原則として元の戸籍には戻らない。親の「戸」の一員であることは、何を表すのか不明だ(生涯未婚であることの証明?)。 「本籍」も謎の存在である。住民が義務的に土地と結びつけられていた中世とは異なり、現代は移動の自由がある。居住地は住民登録で示されている。良く知られていることだが、戸籍上の本籍は、皇居でも富士山頂上でもディズニーランドでも、どこにしてもよい。 戸籍とは何か、何を証明するものなのか、という問いは宙に浮く 読みどころ2 「戸籍がない」とは? 本書の独自性は、戸籍という存在にスポットを当てるとともに、タイトルにもあるように、何らかの事情で日本人でありながら戸籍を持たない「無戸籍者」の存在にも目を向けていることだろう。 じつは、漂浪者、移民、行方不明者、引揚者等々、明治以降に近代の国家機構が整備され、戸籍制度が関連付けられてからもなお、日本国籍があることは明白だが戸籍のない者は決して少なくはないのである。 それは現代の世においても変わらない。本人にその意識があるか否かは様々ではあるが、諸事情により戸籍を持たない、持ちたくてももてない人がいる。それは時折、報道によりその存在が取り上げられ、私たちを驚かせることが...

ブックガイド『生涯投資家』(文藝春秋)からみる、コーポレートガバナンスと社会的責任とは

村上世彰氏はいわずとしれた「モノ言う株主」の象徴として、企業買収に数々関わり話題をさらってきた人物。 通産省官僚時代から日本企業のコーポレートガバナンスの改革を訴え、退官後はアクティブファンド(いわゆる村上ファンド)を創設し広く知られるようになった。 代表的なファンドでの投資、企業買収ケースとして、東京スタイルで実施された委任状争奪戦(プロキシーファイト)、阪神鉄道株買い進めと阪神タイガース上場を巡る攻防などがある。 そして彼の名をいちやく人口に膾炙させたのはニッポン放送買収ととフジテレビにからむ、いわゆるライブドア事件だろう。同問題では刑事事件の被告人ともなり、ITバブルとその崩壊の象徴としても語られることとなった。 そんな村上氏、意外にも書籍として自分の考えを著すことが少なかったのだが、本書『生涯投資家』(文藝春秋)でついにその口を開く。官僚時代から思考してきた企業統治、投資哲学、数々の投資案件の顛末、世間のネガティブな声への反論、現在力を入れる社会貢献活動について等、彼の思考がうかがえる一冊となっている。 官僚時代からの一貫した主張として、会社は持ち分の所有者である株主に対する説明責任を果たすべき、ということがある。たとえば内部留保をため込む企業は、資本効率を高めるべく、新たな事業に投資するか、配当や自社株買いで投資家に還元すべきであり、未来の投資のために留保するのであれば、それをしっかり説明すべき、といったこと 著者が手掛けるアクティブファンドが行う、会社資産に比して割安の株を買い、株主価値が最大になるよう総会等で働きかけ、資本効率を高めることは投資家として正当な営み。企業価値を高めた結果として株を売り抜けるにしても、経営陣が動かないと判断しさっさと損切りするにしても、それは必ずしも悪いこととはいえないだろう。 昨今、投資家への情報開示等についてのガイドライン「コーポレートガバナンスコード」や、機関投資家と企業のコミュニケーションを促す「スチュワードシップコード」が整備され、ROE(株主資本利益率)の重視などが取りざたされることを考えると、彼の言う方向に進んでいるようであり、論は一貫し説得力がある。 とはいえ、本書で紹介される、買収・出資を手掛け、後に売り抜けた企業の行く末を見てみると、あまり成功例がないようにもみえるのも事実である。 著者は、過去の自分の「...